バンダイナムコオンラインでは、「日本発オンラインゲームを、世界へ」というスローガンの元、さまざまな経歴やバックボーンを持つメンバーがチャレンジを行っています。
そんなメンバーを束ねるリーダー達にフォーカスし、仕事観・人生観について語ってもらう「Leaders' Voice」。
第1弾となる本記事では、事業本部長の田内にインタビュー。
1998年にナムコ(当時)に入社し、バンダイナムコエンターテインメントを経てバンダイナムコオンラインに転籍した彼の価値観や考え方に迫ります。
−まずは田内さんのキャリアについて教えてください。
テーマパークや家庭用ゲーム機の企画に携わりたいという想いから、1998年に新卒でナムコ(当時)に入社しました。
しかし当時はアミューズメント施設が注力事業だったため、広島のアミューズメント施設へ配属されました。
ですので、ファーストキャリアはアミューズメント施設のいちスタッフからスタートしたことになります。
その後も数年間、店長など施設運営に携わる立場としてアミューズメント施設事業に従事していたのですが、やっぱりテーマパークや家庭用ゲーム機の企画をやりたいという想いが募り、社内公募制度を利用して異動希望を出しました。
それが認められ、家庭用ゲームの法人営業に転身。
スーツを着て全国の量販店を飛び回る毎日が続きました。
−その後、転機となった出来事はありますか?
転機は2005年。
バンダイとナムコの経営統合によってバンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)が設立されたタイミングで、お世話になっていた先輩が海外事業を扱う部署に引き抜いてくれたんです。
それからは、アメリカやヨーロッパ、アジアに向けてゲームをローカライズするためのさまざまな業務に携わりました。
今となっては海外市場に目を向けるのは当たり前ですが、当時はまだ「家庭用ゲーム市場の中心は日本」という意識が業界内には強かったと記憶しています。
そんな中で「世界を相手に勝負する」というのがすごく面白くて。
その後部署をいくつか異動しながらも、海外事業の枠の中で、市場調査やマーケティングから契約に関する業務まで、とにかく色々なことを経験しました。
−そこからバンダイナムコオンラインに転籍を決めた理由は何だったのですか?
一番大きな理由は、自分たちでゼロから創ったIPでコンテンツ開発を行い、ファンの方々に愛されるものに育てる仕事がしたかったからです。
バンダイナムコエンターテインメントは社内に開発機能を持っておらず、グループのバンダイナムコスタジオを中心とした外部パートナーと一緒に開発をするスタイルで、自社IPもありますが、どちらかというと他社IPをお借りしての開発と運用がメインです。
いろいろな経験を積ませていただいて感謝している一方で、自分が本当にやりたいことを実現できないんじゃないかという思いがあって、正直にいえば、グループ外への転職も考えていました。
ただ同時に、バンダイナムコオンラインという会社が、コンパクトながら自社で開発・運営からパブリッシングまで全て行う、グループの中でも特殊な立ち位置である会社ということ、「日本発のオンラインゲームを世界へ」のスローガンを掲げて本気で世界に打って出ようとしていること。
そして何より、『アイドリッシュセブン』や『BLUE PROTOCOL』といった自社IPの創出と展開にチャレンジしていることを知っていて、それらに魅力を感じていました。
「自分がグループに残るのであれば、バンダイナムコオンラインだ」と思っていたんです。
そんなとき、当時バンダイナムコオンラインに在籍していたアミューズメント施設勤務時代の同僚から声をかけてもらい、入社に繋がりました。
人の縁というのはすごいですね。
家庭用ゲームでの経験しかない自分がバンダイナムコオンラインで役に立てるのか?という想いもありましたが、「全世界へ向けて家庭用ゲームも含めて展開していくから、是非力を貸して欲しい」と言っていただきました。
−バンダイナムコグループに長く在籍している田内さんから見て、バンダイナムコオンラインはどのように映りましたか?
まさに「チャレンジをする会社」だなと。
身の丈に合わない、と言ったら語弊があるかもしれませんが、会社規模からしたら信じられないくらいのチャレンジを同時多発的にしている会社だと思います。
普通の経営感覚からしたら、リスクが大きすぎて舵を切れないようなチャレンジも平気でしていることに驚きましたし、自分自身がその姿勢に強く共感しました。
自社IPをひとつ創るだけでもかなりリスクを伴いますが、それをいくつも同時に進めていて、育てて展開して、世界に向けて広げていこうとしている。
すごいエネルギーがあって、そこに共感する人たちが集まっているんだなと肌で感じましたね。
−「チャレンジ」という言葉はよく聞きますが、バンダイナムコオンラインらしいチャレンジとはどんなものなのでしょうか?
例えば、『BLUE PROTOCOL』は開発に8年の年月を費やし、おかげさまで先日無事にリリースできました。
長期に渡る開発となれば、普通はリスクを心配します。
でも経営層もプロジェクトメンバーもこのゲームの面白さを信じていたからこそ、そして世界中のファンに楽しんでもらいたいという思いがあったからこそ、リリースに向かうことができたんだと思います。
『アイドリッシュセブン』も、今年初めての劇場版を全国で公開し、本当にたくさんのファンの方々に応援していただいています。
この夏からは全国を回る3DCGライブツアーも決まっています。
自分たちでIPを創り、世界の人々に楽しんでもらうこと。
それがバンダイナムコオンラインらしい挑戦だと思います。
また、意思決定のスピード感もバンダイナムコオンラインらしい挑戦を体現していると思います。
私が転籍してきた3年ほど前は、ちょうどコロナ禍がいよいよ本格化したという頃で。
そんな中でバンダイナムコオンラインは、グループ内はもちろん、世の中的にもかなり早い段階で完全在宅勤務に移行しました。
その決断の速さ、そして実際に大きな問題なく業務ができて、オンラインでも仕事がし易かったこと。
オンラインで仕事をするための環境や知恵も、当時グループの中でも一番進んでいたのではないかと思います。
同じグループの異なる環境にいた中で自分からすると、驚くことが沢山あったんですね。
「バンダイナムコオンラインってすごくいい会社だな、この会社好きだな」と。
個人的にも働きやすくて助かりましたし、これまでの働き方が大きく変わったのですごく印象に残っています。
スピーディーに在宅勤務へ舵を切ったこの経験は、今も「出来ないと決めつけずにやってみよう」という会社精神に繋がっていると感じています。
−そんな環境で、田内さんのミッションはなんですか?
事業部本部長という立場で、事業全般の統括を担っています。
というといかにもリーダーっぽいですが(笑)、実際は各プロジェクトの利益を最大化するために自分にできることを何でもやる、というのがミッションです。
具体的には、海外パブリッシャーとの契約や、家庭用プラットフォーマーとの橋渡しなど、組織の中で役割が不足していて自分が担うことのできそうなことを率先して引き受けている感覚ですね。
先程もお話しした通り、バンダイナムコオンラインはグループ内でも少し特殊な立ち位置で、バンダイナムコエンターテインメントのようなパブリッシング機能、バンダイナムコスタジオのような開発機能、そのどちらも自社内に持っているんですね。
コンパクトな組織の中で、自分が役に立てることを一生懸命やろうという空気が全社的にある。いわばベンチャー気質です。
本部長というのも肩書きでしかないと思っているので、とにかくすべてのプロジェクトを成功に導くことが使命だと思っています。
−仕事をする上で大切にしていること、モットーはありますか?
「プロジェクトの成功が会社の成功につながり、それが個人の成功・成長に還元される」という順番を意識しています。
やっぱり一緒に働く以上は、一人ひとりが仕事を心から楽しんでほしい。
そのためには、プロジェクトを成功させて、会社として利益を上げて、その結果として個々人が成長できて仕事を楽しめる、こういった好循環を途切れることなく回していく必要があると思っています。
まだバンダイナムコオンラインに転籍する前、出向者として在籍していた際にも「BST(=”バンダイナムコオンライン生活を楽しむ”)プロジェクト」というのを自主的に立ち上げて、月に数回社内限定のライブ配信をしたり、外部ゲストを呼んでトークセッションを企画していました。
今はBSTプロジェクトのリーダーを次の柱となるメンバーに引き継ぎ、様々な新しい取り組みも行なっています。
そう考えると、結局根底にあるのは「せっかくなら仕事を楽しもう、好きになろう」という考え方ですね。
−それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。
未発表のものを含め、さまざまな自社IPの立ち上げプロジェクトが進んでいます。
それらがどんどん成長し、「アイナナ」や「ブルプロ」と共にたくさんのIPが並んでいる、そんな未来を思い描いています。
自社IPという柱を増やす、そして太くする。
それを両軸で回していくことがバンダイナムコオンラインとしての成長だと考えています。
しかし、その上で忘れてはいけないのが「日本発のオンラインゲームを、世界へ」という思いです。
「日本発」を主軸に、リアルの場を含め様々なスクリーンにコンテンツを展開していくことは、ブラさずに続けていかなければと思います。
自分たちで生み出し、ファンの方々に愛し育てていただいたIPがずらりと並ぶことを夢見て、自分にできることをやり続けていきたいと思います。
−本日はありがとうございました!
私の『大好き』
イングランドのサッカーチーム「アーセナル」です。
大好きになったきっかけは、1996年にアーセン・ベンゲルという監督が着任したこと。
これまでの保守的なプレースタイルが一変して、パスを繋ぎ攻撃的な、それはもうお洒落なサッカーをするようになったんです。
そして2003-04年にはシーズン無敗優勝という快挙を成し遂げました。
実はそれからは19年間優勝をしていないチームなんですが、それでもあの時の興奮と感動を覚えているので、応援はやめられません。
チームが愛おしいんです。
よく「もっと強いチーム応援すればいいのに」という人もいますが、大好きってもはやそういうことじゃないんですよね(笑)。